身近な草花や、ハートで感じるスピリチュアルな話題や、詩や音楽や美術展、日常事等、徒然に記します。

ガラス窓に並ぶ白い紙の花模様、忘却のはるか向こうから

 

すみれイラスト 私の幼い頃、

日本はまだ高度成長前期で、急ピッチの戦後復興の只中でもあり、
多くの家庭が貧しく、
生活品も、現在とは比べようもなく、乏しかった。

そのため創意工夫は主婦の知恵の出しどころでもあった。

そんな当時の窓ガラスのガラスは脆く、
強風で小石が飛んで来たり、子供が遊んで何かをぶつけたりして、よく割れた。

倹約が大事であった当時、割れた窓ガラスをその都度変えることはなく、
(よほど酷い場合は別として、ちょっとした破損程度なら、)

母はこんな風にして応急処置をしていた。

幼い頃の記憶の窓
記憶の窓 絵

ガラス窓の、割れたガラスの上に並ぶのは、
白い紙の花模様・・・・・・。

ガラスの割れた部分を張り合わせているのは、当時は一般的だった障子紙。
障子紙は丈夫な和紙であることから、手軽なガラス修理にも使われたのだろう。

紙に模様が付いていたことも有った。
それは千代紙や何かの包装紙だったのかもしれない。

包装紙だったとしても、紙一枚、むやみに捨てることはなかった時代である。
綺麗な包装紙であれば、なおさら大事に再利用しただろう。

 

窓ガラスのこうした光景はご近所や町のあちこちのお宅でもよく見られた。
貼り方や紙の切り方(形)を工夫して、見栄えを、主婦たちは意識したらしい。

通常は紙を小さく四角に切ってガラスの割れ目に沿って貼るのだったが、
母はそれではつまらないからと言って、花の形に切っていた。

花は季節によって、梅であったり、菊であったりしたが、
大体が円状形の花であった気がする。
チューリップや菖蒲といった縦型の花は登場しなかったような。

白い障子紙に、色や模様の付いた紙が有ればそれも使って、
色柄の取り合わせも工夫していたようだった。

母にとって、割れた窓ガラスの修理はささやかなアートだったのかもしれない。

 

紙貼りに使う糊は残りご飯であった。
ご飯を糊状にして使い、固まればカチカチになるのであるから、丈夫な糊の出来上がりである。

窓枠を嵌めこんだ土壁の窓枠付近は、雨風の影響からか、ひびが入っていた。
建てつけも悪かったのか、ガラスの窓は強い風が吹けばカタカタ鳴っていた。

このような窓の様子がいつ頃までのことだったのかは記憶がない。
いつの間にかこうした窓は見なくなった。
(おそらくは、どこかのタイミングで修理をしたのだろうと。)

 

忘却のはるか向こうから、
貧しげであるものの、若かりし頃の母の手作業のぬくもりのある、
”窓ガラス”の映像が、
心にふいにやってきたのだった。ピンクとブルーの光アイコン

 

和風ローズライン左向き

 

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